2012年8月2日木曜日

Lenscratch マンジャリ・シャルマ

インド出身のフォトグラファー、マンジャリ・シャルマが、2011年1月8日から2月12日までロサンゼルスのコペイキン・ギャラリーで写真展を開催する。マンジャリは、2月12日にムンバイから出発、クロージングに参加をする。また、このクロージングでは、インド料理が振る舞われる。是非、ご参加ください!コペイキン・ギャラリーでの展示作品は、彼女の「シャワー」というプロジェクトからのもので、彼女が現在住んでいるニューヨークの自宅のシャワールームで撮られたシリーズ、そして、「ウォーター」というプロジェクトは、ブラジルのエメラルド海岸で撮影されたものである。


マンジャリ・シャルマは、ムンバイのS.V.T. 大学のビジュアル・コミュニケーション学部で学位を取得。2004年にメディア・スタディーズで美術学士課程修了、コロンバス・アート&デザイン大学で写真学を学んだ。新しいシリーズは「アナスタシア」。彼女の作品はどれも色っぽく、このシリーズも例外ではない。「アナスタシア」は、カラーで撮影されており、扮装をしたり、意味深なしぐさを捉えたもの。作品からは、白昼夢と現実の二つのリアリティーを行ったり来たりするような不思議さが感じられる。

アナスタシアのステートメント:私がやって来た町は、美しさと孤独の二つのものが響き合うような場所だった。ニューヨークに住み、そこでアナスタシアに出会った。彼女は、一年余り前の作品シリーズの主人公である。アナは外国からやって来た、私も同じく、海外からアメリカへやって来た。豊かで派手な都会の生活に憧れてやって来た私たちの心は、完全に打ち砕かれた。


アナスタシアと共に、ここに住み始めてから、すでに5、6年になるが、大都会には期待したような華やかな生活はなく、あるのは孤独だということがわかってきた。出身がアメリカ中西部であろうが、インドであろうが、淋しさは、誰にとっても淋しさであることに変わりはない。このプロジェクトで、私はアナスタシアの私生活を断片的に追いながら、フィクション・ライターとして、彼女を客観的に見ることにした。


社会に馴染めなかったり、社会の中で孤独感を感じたりするという経験を、誰でもがするのだというのは強く感じる。たとえ、ぎゅうぎゅう詰めの地下鉄の中でさえ、孤独を感じることがある。でも、都会の喧噪や会社での仕事にまぎれていると、寂しさを感じることさえ、忘れてしまいそうだ。今回のシリーズでは、陰気で、寂しがり屋なのに、時としてエキゾチックで華やかで陽気な面を見せたりする、人間の理解しがたい複雑さを捉えるべく、私たち誰もが持っているかもしれない、秘密の花園を追いかけてみた。

各写真はクリックすると拡大表示されます。
 
マンジャリ・シャルマ ウェブサイト Manjari Sharma
(翻訳:若林泰子)

Lenscratch サクセスストーリー タミ・ボーン

私は、長いこと、タミ・ボーンの夢のような、シューリアルな写真に目を奪われている。そして、レンズスクラッチで彼女の作品を紹介してきた。つい最近、ファイン・アート・フォトグラフィー・センターからのニュースレターで、タミの作品がセンター・フォワード展で審査員賞を受賞したこと、さらに、彼女の作品が、テキサス・フォトグラフィック・ソサエティーのプリント・プログラムに選ばれたことを知った。こうして注目される彼女のサクセス・ストーリーを紹介しようと思う。



タミは、テキサス南部で生まれ、現在はオースティンに住んでいる。テキサス大学に通い、授業やワークショップを通じて、写真の勉強を続けている。最近の作品は、おもに数枚のイメージから構成されている。一枚一枚のイメージは手書きの文章で始まり、そこには思い出や彼女の子供のころのことが語られている。イメージに近づくためのアプローチである。まるで物語のように、徐々に写真へと移っていく。イメージどおりになるまで、何度も何度もくりかえし写真を撮り直す。彼女は、自分のイメージどおりになるまで、一心に、その作業を繰り返す。


-- ファイン・アート・フォトグラフィー・センター賞の受賞、おめでとうございます!あなたの作品がこうして多くの人に紹介されることはすばらしいことだと思います。あなたのこれまでの写真との関わりについてお話いただけますか。どんなものを写してきたのですか?

ありがとうございます!私は常にビジュアル関係のものに囲まれています、その中でも、私は写真に興味があるわけですが、20年前に写真を始めました、まだうちの子供たちが小さな頃です。そして、当時は地元のコミュニティ・カレッジで写真のクラスを取っていました。そこで暗室の魅力に取り憑かれたのです。2、3年後、フリーでポートレイト撮影をするようになりました。主に、自然の中で子供たちを撮っていました。さらに幸運なことに、地元の小学校のことをレポートする写真も撮っていました。徐々に郊外の新聞社への投稿も始め、定期的に写真が掲載されるようになりました。最初は自分の子供たちを撮影し、同時にほかの子供たちも撮影するようになったのが、写真に入るきっかけだと言えるでしょう。そのころ、両親の持っていた「Life and Look」という雑誌にすごく憧れていたことを今も覚えています。私にとって、とても強い印象のものだったのだと思います。

-- どのようにご自分独自のスタイルを作ったのですか?最新鋭のものですか?それとも最初はトイカメラで始められたのでしょうか?

独自のスタイルとは、面白いですね。自分ではそういうふうには思ってないので。でも見方は独特かもしれません。どこから始まったのかは、思い出せません。自分が誰なのか、ということだと思います。写真を学び、プリントを学び、自分の目に焼き付けたものを時間をかけて最もイメージに近くなるように表現することでしょうか。かなり懸命に取り組んでいますし、ベストの方法が何か、いつも追い求めています。そういう意味からも、常に学びながら、模索していたいのです。祖母は白いポラロイドカメラを私にくれました。私が十代のときです。でも、あまり感心がありませんでした。後になって、写真を勉強しなくてはならなくなって、ニコンのフィルムカメラを買いました。当時の私にとっては、とても高価な買物でしたし、マニュアルカメラは難しかったです。


-- 影響を受けた、または影響を受けている写真家、またはアーティストはいますか?

はい、素晴らしいビジュアル・アーティストは沢山いますが、キース・カーターに特に影響を受けています。彼の繊細さと、目を見張るような美しさが好きです。彼の作品を二枚、自宅の壁に架けてあって、毎日のように何回もその作品の前を行ったり来たりしています。何度見ても、魅力を感じます。ショーン・ペリーの物の見方にも影響を受けています。ショーンは、典型的なアーティストであり、かつての私の師ですが、彼と出会えたことをとても幸運だと思っています。ある日クラスが終わった後、彼が私の作品について話をしてくれました。そのとき、ポートレイト撮影を超えたものがあることを初めて知りました。ビル・ケネディーは、オースティンにあるセント・エドワード大学の写真学科の教師であり、K2プレスのオーナーですが、彼にはとても勇気づけられました。数年前、ビルは私にこう言いました。「作品作りで一番大切にしなくてはいけないことは、作品を通して何を伝えたいかだ。」こうしたアドバイスをたびたび思い出しています。

さらに、大自然、人々の日常や生き物たち、日没の時間帯の透き通るような光 - これらのことが自分の作品作りにはとても欠かせないものであることです。

  
-- あなたは次々に発表をし続けているわけですが--昨年は10回写真展を開催していますし、今年はすでに5回発表なさっています。何かご自分の哲学のようなものをお持ちでしょうか?また、さまざまなコンペティションに出品しようと思っておいででしょうか?

私の哲学は、作品を作りながら、経験を積んで行くということです。これまで、コンペティションに応募するまでに、随分作品作りをしていました。ですから、やっと賞をいただけるように作品が追いついて来たような感じがしています。最近は、コンペティションに応募するときに、審査員たちがどのような方々であるかにも気を配って、慎重に応募するようになりました。


-- あなたは、積極的にソーシャル・メディアを利用していますか?また、ソーシャル・メディアを通じて、作品をどのように売り込むことで何か変わりましたか?

私はソーシャル・メディアはそれほど利用している方ではないと思います。ツイッターのアカウントは持っていますが、利用していません。フェースブックを通じて、外国に居るフォトグラファーやアーティストの仲間たちと連絡を取り合っています。他の人たちがどんな作品作りをしているかを知りたいですし、彼らの作品についての評論なども読みたいです。


-- ポートフォリオ・レビューには参加されたことはありますか?

はい、2007年のフォト・ノーラと、2008年のレビュー・サンタフェに参加しました。フォト・ノーラのときは、生まれて初めてで、緊張しました。2、3週間後には、フォト・ルシーダに行く予定です。まだ準備中ですが、すでに緊張しています。


-- 新人のフォトグラファーたちにどんなアドバイスをしたいですか?

いくつかあります。まず、プロジェクトを決めことです。どんなプロジェクトでもいいと思います。そして写真を撮り、最終的にはプリントも大切ですが、それまでのプロセスにも気を配りながら進めます。プロジェクトを遂行することは、写真を撮る上でも、内面的にも、自分が成長をする絶好の機会です。写真を撮りつつ、内面的に成長をすることは、別々のことではなく、相互に刺激し合うからです。何か気になることがあるなら、どんなことでも先ずやってみることです。あなたにとって、ずっと変わらない存在のものとが何であるのか、出来る限り思い出してみることです。何故それが大切なのか、自身に問いかけてみる。そしてどうしたらビジュアル・イメージとしてその大切なものを表現出来るのか、考えてみることです。そうすることで、いつから大切になったのか、あなた自身がそのことを知ることは、とても重要です。


 -- 最後の質問です。あなたにとって、最高の一日とはどんな日ですか?

最高な一日、それはコスタリカの太平洋側の静かな波に乗って、サーフィンをしているときかもしれません。そしてカメラを持って、日が沈むまで歩き回ることかな。もし叶わないなら、今持っているイメージを表現するために、何時間かただ無心に写真を撮り続けること。いいストーリーを考えつくと、撮らずにいられなくなるほど、夢中になるんです。

各写真はクリックすると拡大表示されます。
 
タミ・ボーン ウェブサイト  Tami Bone website
(翻訳:若林泰子)

アリーン・スミスソンとレンズスクラッチ

アリーン・スミスソンさんはロサンジェルスに在住の写真家でレンズスクラッチという有名なブログジンをだしています。
今年、彼女はグリフィンミュージアムのライジングスターアワードにも選出されました。
レンズスクラッチでは、これまでにたくさんの世界の写真家を紹介してきました。ほんとうにさまざまな写真家がこの世にはいるんだな、と驚かされます。

これからレンズスクラッチに掲載された写真家達を少しでも日本の写真愛好家の方々に紹介していきたいな、と思っています。

まずはアリーンからのメッセージとプロフィールをご覧下さい。

 私のブログ、レンズスクラッチを日本の皆さんにも読んでいただくことができてとてもうれしく思っています。私自身、写真家であり、編集者、そして教育者と して活動していると同時に、妻であり、母でもあります。現在カリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいますが、ニューヨークにも長く住んでいたことがありま す。

私がブログ・レンズスクラッチをスタートしたのは、随分前のことです。このレンズスクラッチを通じて、コンテンポラリー・ファイン・アート・フォトグラ ファーたちについてお伝えできればと思っています。私自身、フォトグラファーたちがどのようなことを考えて作品作りをしているのかを知りたいと思っていま すし、なぜそのようなイメージを撮るのか、そして個々のフォトグラファーについても、さらに理解を深めたいと思っています。
どうぞ皆さんもお楽しみください! 

2012年4月20日金曜日

倉田精二

Fraction Magazine Japan4号に横須賀功光の作品を掲載することができた。

うれしい。ほんとうにうれしい。

講談社美術全集の京都ロケに同行させたいただいたときに、横須賀さんがふっと僕に近づいてきて、「女の口説き方を教えてあげるよ。こうするんだ。」といって僕の耳元にキスするかのように口を近づけてきてなにやらささやかれたとき、ほんとうに背筋がゾクゾクした。これを横須賀さんにやられたらどんな女もイチコロだろうと納得した。その時の感覚は今も生々しく僕の身体に残っている。

ほんとうに優しい人だった。その横須賀さんが2年前に僕の夢枕にあらわれて、「永田君、僕のことも忘れるなよ。」とまたささやいたのだった。



Fraction Magazine Japanは基本的には新人紹介のオンラインマガジンだ。なるべくフィルタリングしないで今の日本や東アジアの写真家の生な動向を伝えたいと思っている。また日本の今の写真ジャーナリズムでとりあげられない写真家にも光をあてたい。
一方、欧米のマーケットに向けてあらためて日本のすばらしいベテラン写真家を紹介することも重要なことだろうと考えている。

欧米で出会った写真関係の人たちのことなどを思い浮かべながらどんな写真家のどんな作品を掲載したらインパクトがあるかな、と考えてみたりする。

今年になって僕が気になりだしたのが倉田精二さんだ。処女写真集Flash Upの表紙の写真が妙に気になる。

倉田さんと最後に会ったのは9年前。僕の個展にふらっと現れた。

倉田さんと僕はワークショップ写真学校の同期生だ。彼は森山大道教室で僕は細江英公教室だった。1年くらいのワークショップが終わって東松照明教室の生徒が中心になってミニコミ誌的な写真雑誌”東京ワークショップ”というのを何回がだした。僕は写真に関するミニコラムを書いて、倉田さんは新宿公園のカップルのファックシーンの性器アップ写真を掲載した。
その後はまったく交流もなく彼は華々しい活躍をし、僕は工作舎のスタッフを経てフリーになり広告写真の仕事をこなしてきた。
お互い接点もなく、話もちゃんとしていなかった。

ひさびさに渋谷の喫茶店でおちあい、お互いのこれまでのいきさつやら子供の話やらとりとめもなくあれこれと語りあった。
なぜ倉田さんの作品を掲載したいと思ったのか、彼と話していてその理由がだんだんわかってきた。 

僕はへそまがりな体質で日本の写真ジャーナリズムの流れをどうしても斜に構えてみてしまう傾向がある。倉田さんがへそ曲がりなのかどうかはわからないが、写真や自身の人生そのものについておそろしくピュアーな考え方をもっている男なのだと言うことが話していてわかってきた。
そのピュアーな姿勢が、はたからみればとんでもない世界的な名誉をすげなくことわってしまうというような行為にもつながっていくのだろう。彼がぼそぼそと語ってくれたことはこの場では言えないようなこともあるのだけれど、僕には妙に納得できることが多かった。

楽しみだ。Fraction Magazine Japanだけじゃなく、今年は倉田さんの面白い企画があると聞いた。

コンピューターは苦手だそうなのだが、ウェブサイトもつくったそうだ。検索ではでてこないので、アドレスをあげておこう。



2012年2月28日火曜日

神戸のフォトギャラリーTanto Tempo

 神戸のフォトギャラリーTanto Tempoさんを訪ね、簡単なレクチャーとレビューをさせていただきました。

関西のフォトギャラリーや写真家はどんなかんじなんだろうか、まずは自分の目で見て見なきゃ始まらない、ということでの思いつき企画だったのですがTanto Tempoのディレクターの杉山さん、オーナーの山田さんのご好意で実現することができました。

2010年のヒューストンフォトフェストでアメリカのFraction Magazinenの創立者のデヴィッド・ブラムさんに相談して日本版をだすことの許可をいただいてから、昨年の7月にやっとのことで創刊にこぎつけた季刊オンラインマガジンFraction Magazine Japanなのですが、まだまだ一般に広く知られるまでにはいたらず、掲載作家をさがすのが一苦労なのです。
オンラインでのサブミッションはいつでもできますが、こちらはまだ応募が少なく、やはり自分の足と眼でさがすのが今のところ一番のようです。

アメリカでは自分の名前をつけたウェブのアドレスとポートフォリオを掲載したウェブがあるのは写真家の常識となっているようなので、応募方法もメールでウェブのアドレスを知らせて、ウェブのどのポートフォリオを審査してもらいたいのか、というごく簡単な方法で応募が可能です。
デヴィッドはさまざまなポートフォリオレビューのレビュアーとしても活躍していますので、掲載作家を見つける苦労はあまりないようです。というかむしろメールなどが殺到してとても全部には対応できないというのが現状のようです。
デヴィッドも最初は自分も日本版の作家のセレクトを一緒にやりたい、といっていたのですが、現在の日本の現状ではなかなかそこまでいきません。

25日夜に開催したFraction Magazine Japanレクチャー&レビューですが、神戸や京都からも熱心な写真家の方が集まってくださり、とても少ない時間でしたが皆さんのポートフォリオを拝見することができました。
レクチャーのほうは、写真家の方が中心だろうということで、欧米のコレクター、プライマリー、セカンダリーマーケットの紹介をしました。

Tanto Tempoの杉山さんからも神戸でフォトギャラリーを運営することの難しさなどをお聞きしましたが、設立4年で大変な数のオリジナルプリントを販売してこられた実績はすばらしいことだと感心します。オーナーの山田さんからは、販売実績はあってもそれでギャラリーの運営がスムースにいくまでにはいたらない、という悩みももれましたがぜひとも続けていってもらいたいものだと思いました。

Tanto Tempoは神戸元町の駅から数分のビルの中にあるギャラリーですが、はいってすぐに気がつくことは独特のやさしいアットホームな雰囲気をかもしだしていることです。これはオーナーの山田さんのキャラクターによるものではないかな、と思います。
東京のギャラリーは貸しギャラリーが多いということもあって、写真を見て、そこでゆっくりと写真のことを考えてさらには展示してある写真を買おうかどうしようか、という思考をめぐらすための受け皿がないようにも感じます。
 Tanto Tempoのよいところは展示スペースがあり、ギャラリー所有のオリジナルプリントや販売している写真集などがさりげなく置いてあるスペースがあり、さらにカフェスペースとそこに付随した本棚にたくさんの自由に閲覧することのできる写真集がおいてあることです。

オリジナルプリントを買おうというお客さんはユニクロで洋服を買うお客さんとはまったくちがうわけで、一枚のそれ相応の値がするプリントを買う前には、その作家はどんな作家でどんなことを考えてその作品を撮ったのか、とかプリントを買ったら自分の家のどこにどんな風に飾ろうか、とかあれこれと考える時間が必要です。
そんなことをギャラリーでお茶を飲んだり、写真集を見たりしてゆっくり考えたり、友人やオーナーさんなどとお話をしたりして考える時間を持てることはとても重要なことではないでしょうか。
コマーシャルギャラリーは美術館とはまったくちがうわけで、お気に入りになった写真やアートを所有できる楽しみを提供するところです。その楽しみをどのように提供できるのかということはこれからのコマーシャルギャラリーの有り様をもっと多様に展開していく鍵になるのではないかな、と感じました。 
これからの経済のマーケットはモノから心の消費へとパラダイムシフトの渦中にあるとかんじています。心の消費をうながすものを売るためのお店は単なるモノを売るお店とはちがったかたちになっていくんじゃないでしょうか。

Tanto Tempoは今後少部数の写真集を発行するリトルプレスもたちあげるそうで、そのスペースのためにカフェはなくなるそうですが、ぜひアットホームで初めて来た人でもそこでゆっくりできる雰囲気を維持していただけたらいいな、と感じました。

と、ここまで書いてみてTanto Tempoさんでスナップしてくるのを忘れてしまったことに気がつきました。Tanto Tempoさんのブログにもスナップがでているようなのでそちらからぜひご覧下さい。

アートディレクターで写真コレクターでもある坂川栄治さんの仕事場の壁。多数のコレクションをこんな風に飾っておくのも楽しい。
永田の写真を坂川栄二さんの仕事場に置かせていただいてインテリアにマッチする飾り付けを考えた一例。
額も写真にマッチするものをいろいろ考えてみると楽しい。
マットをしない額の例。最近は大きなサイズでノーマットのものが多くなってきている。

自宅に展示スペースが少ない場合は椅子の上に置いてみたり、床に直接置いてみたりしても楽しい。


我が家のリビングにある川田喜久治氏のオリジナルプリント。自宅に飾る楽しみは毎日写真と対話できること。
 
ヘルムート・ニュートンはPGIから購入した。
 
昨年のチャリティ写真販売の時に手に入れた渡邉博史さんのプリント
仕事場に自作を掛けておけばフレームの具合やマット、ガラス越しのテクスチャー、ライティングなどを検証するのに便利。

2012年1月27日金曜日

ヒューストンフォトフェスト

今年2012年はFoto Fest ビエンナーレの開催年だ。前回は2010年でテーマはContemporary U.S. Photographyだった。今年はContemporary Russian Photographyなのだそうだ。

ミーティングプレースの紹介はしてあったが、フォトフェスト自体の様子はまだ報告していなかったので簡単に紹介しておこう。
Foto Festは写真家のフレッド・ボールドウィンとウェンディ・ワトリスによって1983年に創立され、1986年から本格的に開催されるようになった。今年で14回目。アメリカで最大でもっとも歴史が長いフォトフェスティバルである。

フェスティバルの内容はヒューストン市内各所で行われる写真展、ミーティングプレースと呼ばれるポートフォリオレビュー、セミナー、ワークショップ、コレクターのためのプリントオークション、ブックサイニング等々で今年は3月16日から4月29日までの長期間に渡って開催される。
写真展は美術館、コマーシャルギャラリー、NPOのスペース、アーティストによって運営されているスペース、企業のロビー、学校、レストランなど広範囲な場所で展開され市内100カ所以上で開催される。

ディレクターであるウェンディ・ワトリスさんは精力的に世界の写真関係者と交流していて、2010年からはパリフォトの期間中にミーティングプレースのヨーロッパ版を開催している。

フレッド・ボールドウィンさんに聞いた話だが、まず最初に4人の写真家を呼んでロデオを撮影してもらって展覧会を開いたのが発端になったそうだ。4人の写真家とはウィリアム・クライン、ヘルムート・ニュートン、奈良原一高ともう1名(知らない写真家だったので名前を忘れてしまった)。これが評判になったので思いきって600人の人を招待してパーティをしたという。
なぜヒューストンなのか。これはテキサスという土地柄に根ざしている。石油成金が多いこの街では1億円くらいの投資で穴を掘って一発大当たり、ということがあるので何か面白いことをしようと大金を出してくれる個人がけっこういるそうなのである。
2010年の予算は約1億6千万円。その中の30%が個人基金であることに土地柄があらわれていると思う。40%が売り上げ。その他にスポンサーとしてJPモルガンやHexaGroup、アート関連の基金、ダブルツリーホテルグループやコンチネンタル航空など多数がバックアップしている。
フルタイムスタッフは7、8名でフェスティバル期間中は35名くらいのボランティアスタッフが働いている。ボランティアは世界中から自費で集まってくるそうだ。

高層ビルの1階のロビーの広いスペースが写真展会場になっていて、そこでオープニングパーティも開かれる、というところがアルルと違い、大都市で行われるフォトフェスティバルらしいところだ。

市内は広くクルマでの移動が基本となっているため歩いていろいろな展示会場を見て回ることは不可能に近い。見たい写真展をマークしておいてタクシーでいくしかないだろう。ミーティングプレースに参加する人はレビュー終了後にバスツアーがあるので便利だ。

ともかくスナップをたくさんアップしておくので参考にしていただければ、と思う。クリックすると拡大してみることができる。

僕はサンフランシスコ経由でヒューストンに行ったが直行便はたぶんないと思うのでアメリカで国内便に乗り継ぐときの注意事項をひとつ。
セキュリティのチェックと入国審査が厳しくなったために乗り継ぎ時間はたっぷりあったほうがいい。乗り継ぎの空港で入国審査があり、預けた荷物も一度出てきてしまうのでピックアップして再度あずけなおす必要がある。セキュリティチェックも日本よりも厳しく靴を脱いだり手間がかかるので時間がかかる。昨年、シアトル乗り継ぎでデンバーに行った際も乗り継ぎ時間は2時間とたっぷりあったはずなのに、なんと入国審査で1時間半も待たされた。焦って乗り継ぎ便の搭乗口までいこうとしたが、空港内の電車で迷ってしまってもたもたし、国内便の搭乗カウンターにたどり着いたのは発着5分前。娘をだっこしてダッシュしたがあやうく乗り遅れるところだった。入国審査でもセキュリティチェックでも乗り継ぎで時間がないから急いでくれ、といってもなかなかとりあってくれない。あんのじょう預けた荷物も1日遅れで到着となった。
ユナイテッドやアメリカの主要エアキャリアでいくと国際便と国内便が空港の端から端まで行かなきゃならない、ということも多いらしくしかもアメリカの空港はえらく広いのでとにかく時間がかかるのだ。

今年はヒューストンに行くという日本の写真家の方がいるようなのでぜひ注意してくださいね。

ヒューストンはアメリカの大都市なので高層建築が立ち並ぶが、クルマ社会なので人通りが少ない

街の各所にはFoto Festの旗が飾られている
ミーティングプレースはダブルトゥリーホテルで開かれるのでそこに投宿するのが便利。フォトフェストのサイトから予約すると割引がある。僕は7泊して1393.76ドルだった
受付ではカタログやTシャツを販売している
受け付けの中のワーキングスペース
キャノンも協賛していたのだろうか
マップ

レビュアーとレビュー参加写真家のためのバス

火事で焼けた映画館からでたフィルムをプリントしたという写真展会場
American Photographs Before 1950というウィリアム・ハント氏のコレクションの展示
ギャラリーに付属する図書室も充実している
Jason Lazarusという写真家の作品
マリー・ヴァージニア・スワンソンとLACMAのキュレーター・エドワード・ロビンソン
Todd Hidoの作品
関係者のレセプションパーティで挨拶をするウェンディとフレッド
ヒューストン市長
Foto Magazinのマンフレッド・ゾルナー

Richard Mosseの作品
バンド演奏などもあってこの辺がいかにもアメリカっぽい
ボランティアスタッフ
Greta Prattの作品
Greg Stimacのインスタレーション
この看板が関連展示場の目印
写真展会場でこのあとVIPのためのディナーパーティがある
ホセイン・ファルマーニ
レビュアーのヨーロピアン・フォトグラフィーの編集長アンドレアス・ミューラー・ポールとマンフレッド・ゾルナー
企業のビルのロビーでおこなわれるオープニングは広すぎてちょっとまのびしている感じにも思える
Laurie LambrechtのInside Roy Lichtenstein's Studio
Laurie Lambrechtのトーク
Nicole Belleの作品
   Fraction Magazineのデヴィッド・ブラム
フレッド・ボールドウィンさんとウェンディ・ワトリスさん
Literacy through Photographyプログラムを担当するKristin N.Skarbovigさん
Judy Haberlの作品
企業の広い空間にも写真は自然になじんでいる
さまざまなジュースの色だけを撮影した作品
コマーシャルギャラリーでの展示
コマーシャルギャラリーでの展示
コマーシャルギャラリーでの展示
コラボレーションの仕方によって立て看の色が違うようだ
Keith Carterの作品
Shelley Caltonの作品、この下2点とも
Discoveryという新人の写真展でとりあげられた志鎌猛夫妻はコレクターの家に招待されて宿泊していた
コレクターの私邸で開かれたVIPパーティ 下9点とも
こうしたパーティでも盛んに情報交換がおこなわれている